読了してから既に2か月くらいは経っていて、感想を書こうと思えばいつでも書けはしたんだけど、この本のことを思い出す度にお腹の底の変な部分がざわついて、同時にムカムカしてくるからわざと書かなかった。
でもいっそのこと、読了感想をちゃんと書いて記事を〆た方が心に一つ区切りが付くかもしれないと思って、改めてこの記事を書いている。ぶっちゃけてしまうと、もう現段階の時点で十分過ぎるほど内容を思い出して嫌な気分になっている。嫌だなあーーー。
この作者は小説の作中で人に意地悪するのがとても上手だ。読書中に次々出てくる登場人物も、その大体が意地が悪い。嫌だ。
具体的に何が意地悪なのかというと、本作は扱っているテーマからして内容が重い。勿論、それをある程度把握した上で本を購入したし、ページを読み進める。が、分かってはいるが話が終始重いし暗いしつらい。
幾ら自分でお金を出して買ったにせよ最悪、私はこの小説を途中で読むのを断念してもいいし、何ならそのまま本自体を手放してもいい。実際、そう思って読むのを止めた文庫はいくつかある。
でも今作はそうしなかった。何故か。
それは作者の書く文体が淡々としていて読みやすかったというのもある。嫌だな、と自分の気持ちを暗くしながらも、でもこの速度で読めばもう半日もあれば読み終わって解放されるな、という思いは正直ずっとあった。
もう一つの理由はさっき書いた通り、この作者が読み手に与える苦痛は酷い意地悪というレベルで統一されているから。読み進めるとどんどん自分の中に積もっていく嫌な気持ちは、けれど本を今すぐ投げ捨ててやりたいとまではいかない。マイナス感情を作者が巧みに調節しているように感じた。
読者が「もう本気で最低!これ以上は読みたくない!!」と我慢出来ない領域に達するのを、ぎりぎりの所で調節して食い止めていると思う。それについてはだから話題書になったのだろうな、と素直に納得出来る。それでもやっぱり、話の内容は一貫して重いし暗いしつらいけど。当然ながら、読み始めから終わりまで、本作を楽しく感じる部分は無いです。皆無。読了後もしばらくは、その嫌な気分は続きます。少なくとも、私はこの本を他人に薦めはしません。何せ重いし暗いしつらいからです。巻末に寄せられた解説文章に、この作者の書く話は身体がずっと微熱が続いたようになる、と書かれていたけれどまさにそうだと思う。読まない方が絶対ラクだけど、でも貧困女子の売春という現代に密接なテーマを小説を通じて知ることは無駄にはならない。ある意味で、この本を軽い気持ちで書店で手に取った時に欲した物は正しく得られたように思います。
で、何をそんなに嫌と感じるのか?という内容部分の話をします。
それは本作の主人公である愛が、ことごとく駄目な方の、間違った選択肢を選んで、そのせいで精神も人生もどん底まで追い詰められる、その転落の順序がひたすら生々しくて嫌なんです。本当に嫌。
愛はこの本の冒頭からずっと、その時々の二択をミスし続けます。
昼の短い時間のランチで定食にソースをかけたかったのに、店員が忙しそうだから言えないし仕方ない。決まっていたはずの労働条件を一方的に無視され、派遣を突然解雇されても仕方ない。家賃を払えなくなったら仕方ないから、ホームレスになる。それでも最初は復帰のために環境や人間関係がどれだけキツくても日雇いアルバイトで稼いでいたのに、たまたま知り合った同じ境遇の女性に誘われ、今度は出会い喫茶に身を置くようになる。そのせいで売春に関わるリアルな問題にも沢山関わることになります。それすら愛に言わせれば仕方ない、なのです。
それなのにいよいよ全てに追い詰められたら、愛は顔見知りの神待ちをしている少女に向かって酷く八つ当たりをします。その取り乱しぶりがあまりに異常だったので、売春について良い噂のないかつての同級生である女性もが心配して、彼女を連れて病院に行きます。愛が最近まで良くしてもらっていた男性とついにワリキリ(売春)してしまい、月経が来ていないと知ったからです。
その間も、主人公である愛に関する様々な情報を、読者は作中で理解しています。彼女がPC業務をスムーズに行えることも、昔馴染みの男友達だけは本気で愛を心配して行方知らずの彼女を捜索していることも、そもそも愛の実父が義母とその子と共に、わりと裕福な生活をしていることも、全部です。
愛は周囲の神待ちの女性達とは違って学もあり、一般的な社会生活にも馴染みがあり、本当の最後の最後まで性関係を持つ売春行為もしません。そういった態度や雰囲気を汲んで、愛を取り巻く女性は彼女ならやろうと思えばこの生活から脱出出来ると感じ、それゆえに懐いたり、嫉妬したり、突き放したりします。実際、状況だけを小説から抜き取るなら、愛の周りで苦しむ彼女達の思いは正しいと思います。主人公の愛はホームレスからも売春からも抜け出せるはずなんです。でも、そうする為の選択肢を間違え続けて泣いているんです。だんだんこっちもいい加減にしろよと腹が立ってくる。
ただ、状況だけを見るなら抜け出せるはずだ、という読者側の思考は大間違いで、そこが本作の本来のテーマなんだろうなと思います。愛がそれでもホームレスのまま、出会い喫茶で神待ちしているのには、それこそ仕方ない理由が常に付きまとう。
大丈夫なのか今どこにいるのかと連絡を何度もくれる唯一の男友達に愛がメッセージを返さないのは、ホームレスになって出会い喫茶で知らない男性と売春していますだなんて絶対に言えないから。そんなことを言ったらきっと軽蔑されると思って、相談出来ないのです。
派遣を切られるときだって、周囲の誰も助けてはくれませんでした。日雇いアルバイトで愛が働けば、彼女のその若さだけで他の女性からはよく思われずに嫌がらせを受けます。公園の炊き出しを貰っていると女子大生がやってきて、リアルな貧困生活について取材させてくれと言われます。お金を稼ぐ事すら難しい状況の愛に、その女子大生は私の取材を受けてくれればこの国の問題をより多くの人が知れて貢献が可能だと悪気なく告げます。当然、愛はもうその公園には近寄れなくなりました。
正しい選択肢さえきちんと選べばすぐにでも社会的に救われるはずの愛を阻んだのは、間違いなく救いの手を伸ばせるはずの周囲の方です。そのことが痛いほどに分かってしまうから、だから余計にこの本を読んでいると重くて暗くてつらくて、嫌な気持ちになるのです。帰る家も、職も、立場を立て直すためのお金も失って、絶望的な毎日を基盤がぐらぐらなままで生きる。そんな愛が冷静に見れば簡単なはずの二択をことごとく間違えてしまうのは、本当に彼女自身のせいなのか?私はきっと違うと思います。少なくとも、貴女自身のせいですよと与えられた情報だけで冷たく突き放してしまうような人間に、なってはいけないと自戒します。
愛の待つ神さまは断じて、一方的に金銭をちらつかせ、不平等な立場のまま性行為を交渉のカードにして彼女を外へと連れ出すような輩ではあってはならないと思う。そんな奴が人にとっての神さまであってたまるかと思います。
最終的に愛は男友達に無事発見され、ほぼ縁を切っていた父親からしかるべき金額を貰い、そのまま役所で手続きもして、真っ当な職を得られるところまで道を戻って来られます。
この展開について急に都合が良過ぎるという感想をよく目にしましたが、それは違うと思います。本来ならこの物語の最初から、愛が申告さえすれば得られたはずのそれらを、どん底まで落ちて行く彼女に教えても渡してもあげなかった人間の一人こそが、本作の読者です。愛のような人がいることをはなから他人事と切り捨てている。
だからこそ改めて、私は誰かにとっての神さまでありたいと願います。何も神さまにまでなれなくても、ありふれた人の身のままであっても、愛の手を掴んで引っ張り上げる手伝いくらいはしてあげられる、そんな人間の一人でありたいと思う。
そのためにはまず、自分自身がしっかり立っていないといけません。
私が本作をひたすら嫌に思ったのは、作者からのそうした意図的なメッセージを、ずっと文章から受け取り続けていたからです。
この作者は酷く意地悪だと思います。
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